三子教訓状は中国地方の戦国大名・毛利元就が1557年に3人の子(毛利隆元・吉川元春・小早川隆景)に書いた文書です。
1557年の11月25日に周防富田(現山口県周防市)の勝栄寺で書いた自筆書状で60歳を越えた元就が3人の息子たちに一致協力して毛利宗家を末永く盛り立てていくように14条に渡って諭しています。
その三子教訓状が基になって造られたとされる三矢の教えと呼ばれる逸話は有名です。
「1本の矢では簡単に折れるが3本に束ねると容易に折れることはない」
毛利家の結束力の強さを感じさせるエピソードですね。